想像の範疇を越えられない
こんにちは、狐野です。
もう久しぶり過ぎて忘れられてそうです。
ごめんなさい。
なんだか前回の内容と違うじゃないか?!とお思いの方、いらっしゃるかと思います。
今回はそれとはだいぶ違うことなのです。
アイデアや作品は普通を軽々と越えられることも多いのですが、こと相手の心情や言葉の受け取り方となると、思考の範囲が狭くなりがちなのです。
この言葉を言う裏にはこの意味がある、といういわゆる本音と建前のようなもの。日本人にはありがちな思考かと思います。
以前も触れたかと思いますが、こういったことが本当に苦手です。
歌詞や詩、映画やアニメ、小説といった作品については、どんな感情や隠れた意味があるかを考えることができても、自分が発する言葉や相手が直接掛けてきた言葉にはその想像力が働かないこと、ありませんか…?
おそらく処理能力の不足や、イレギュラーへの弱さ、マルチタスクが苦手、ワーキングメモリーの少なさ、注意力、集中力のなさ、と言った発達障害の特性が諸々合わさった結果なのだと思います。
作品として触れられる言葉たちは、何度も見返して、時間をかけてゆっくりと考えることができるので、それらを考えることはとても楽しいことだったりします。
自分から発する言葉でも、ブログやSNSで発信する文字として確認できるものならばまだ思考を巡らせてから発言できます。
けれど、対人で即興となったら失言はするし、合わないテンションで不快にさせたり、受け取り方が変だったり、失敗の繰り返しです。
雑談が苦手なのはそのせいもあると思います。
話がころころ変わるのについていけない、話題が変わったことに気づいても、もっとさっきの話をしたかったのに…なんて考えているうちについていけなくなったり、全然関係ない話題を思いつきで話してしまったりします。雑談と言えど、ある程度集中力がないと置いてけぼりになることもしばしば。
子供のうちは特に「あいつなんか合わないな」と仲間外れにされることもあるかもしれません。
そうなると楽しい場所が減ってしまい、不登校に繋がることもあるかもしれません。
と、ここでタイトルを思い出してみます。
"想像の範疇を超えられない"
これは当事者のことだけではなく、定型発達の方々は簡単には普通を越えられない、ということでもあります。
目に見える障害、例えば足が不自由なら、エレベーターを使いたいだろうな、と想像することは難しくないと思います。ですが見えない障害、精神面、思考の偏りなどはどうでしょうか。
自分が体験したり、見たり読んだりの疑似体験をしない限りは、想像することが難しいのではないかと思います。
少し話は違うかもしれませんが、当事者の方々は、悪意を持ってわざとこれを言ってやろう、と思う事はそこまで多くないのではないかと推測します。
私がそうだからなのですが、この言葉はよく皮肉として使われるんだよ、といくら説明を受けても同じ人からではあまり響かなくなってきます。
自分はちょっと独特の考えをしてるな、とある程度成長してくると違和感を覚えたりすることがある中で、同じ人からこの言葉にはこんな裏の意味があると何度言われても、誰聞いたの?どこの統計?何人中何人がそう感じるの?普通はどっちかハッキリしてよ、という感情が出てきてしまい、話に集中できなくなったりします。
世間一般ではどうだからやめた方がいい、と言われるより、自分は不快に感じるからやめて欲しいと言われた方が理解できますし、相手もそれで納得してくれるととても良いと思います。
世間一般の話はしていないのに、世間一般と違うからおかしいと言われても、分かってるけど自分はこう感じるからやめてって言ってるじゃん、なんでわからないの???となりがちです。
相手に理解して欲しいと無理矢理押し付けるのも違うかなとは思いますが、関係が近ければ近いほど、少しでもいいから違うことを認めて欲しいと思ってしまうものです…
「そっか、あなたはそう感じるんだね。次からは気をつけるけど、忘れてまた言っちゃったらごめん」
「忘れるのは仕方ないけど、言われたら反応しちゃうかも。今度はなるべく優しく嫌だと伝えるようにするね」
という感じになるのが理想ではあるのですが、現実ではなかなか難しいですね。そこは経験を積んでだんだんとできるようになっていきましょう( ˘ω˘ )
そんな会話も、そんな風になればいいなという想像でしかなく、もっと良い対応があれば、是非教えていただきたいです。
自分の行動言動が想像の上(というより、他人にとっては的外れというのでしょうか)を行くことがあっても、アイデアや思考は自分の範疇を越えられない事は、致し方ないことです。
他人とたくさん関わったり、本を読んだりする事で、想像力の限界をアップデートしていかないといけないですね。
いい感じにまとまった気がするので、今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
またここでお会いできますように。